OB/OGの皆様からの寄稿

2013/6/2 松田謹一様 「シンガポール」

 コンサルティング会社を経営する昔の部下から仕事の要請があり5月18日から20日までシンガポールへ。19日に他の部下のお嬢さんの結婚式があり、それに合わせて呼んでくれたのではないか、と思って出かけました。私がいた1980年頃から既に30年経過しているにもかかわらず、今も篤い友情を持ってくれるシンガポール人の友人の情の深さ、コミュニケーションを大切にすることに心うたれ感謝しています。式は800名の招待客があり、大統領と副首相が出席した盛大なものでした。
シンガポールへは毎年行っていますが行く度に大きな変化があります。今回も法令が変わり高層ビルを立てる事が可能になり最繁華のオーチャード・ロードでも高層化工事が数カ所ありました。過っては日本のゼネコンが主要な工事を請け負っていたのですが、今は韓国現代の看板が目立つ。街を走る車もトヨタを筆頭に日本車が多いのですが、以前と比べ韓国現代の車がタクシーも含め目立つようになっています。
戦後独立したマレーシア連邦はマレー系と中国系の人口が拮抗し、優秀な中国系が政治・経済を握る事を恐れたマレー系の人達が中国系の多かったシンガポールを切り離し、シンガポールは独立しました。
 初代首相であり現在のリー首相の父親であるリー・クワンユー元首相が偉大でした。工業と観光を政策の二本の柱とし、国の西部のジョホール地区に海外から工場をどんどん誘致。アセアンの臍とも言えるシンガポールは貿易の中心地。海外企業は有利な条件に引かされて進出。今はシンガポールの1人当たりGDPは日本を上回っているので生産性の低い工場は一掃、付加価値の高い工場だけが残る。世界中から優れた技術者や研究者を招き年収3~5千万円の高級で新製品を開発。成果主義に徹し成果が出なければ警告後直ぐに契約解除。
観光に関してはガーデンシティとして国全体を美しい庭園のように仕上げました。中国系は街を綺麗にする概念が乏しいのでゴミを捨てると500ドル(当時で5万円)の罰金、マラリア等の病気を徹底的に無くすために庭の草木が一定以上伸びたままに放置すると罰金。街を汚すチューインガムは今は持ちこみ禁止。
政府は道路脇を花々で飾り、街は高い樹木で日陰を作り観光客が快適に過ごせる空間を作り上げました。セントーサ島にゴルフ場、水族館を作り、ユニバーサルスタジオを誘致、ショッピングセンター、カジノを設けて1日楽しく遊べる夢の島を作り上げました。カジノには中国人が多数いて賭け方は日本人とケタ違い。F1も誘致して沢山の観光客が押し掛ける。様々な国際会議を行える施設も多数建設。街を魅力あるものにするために建築物は独特のデザインを求められユニークなデザインの建物が並んでいます。ホテルは屋上に船が乗っているようなサンズのホテル、ブーゲンビリアの美しいシャングリラ、歴史の有るラッフルズホテル等ピンからキリまで揃い、現在は主として中国人観光客で賑わい宿泊率は極めて高い。街の至る所に英語、中国語、日本語の看板があり便利。チャンギー空港は4ターミナルがあり24時間対応、2~3ターミナルの成田や羽田よりも規模が大きく、アセアンのハブ空港になっています。日本の観光事業はシンガポールから見習う点が数多くあります。
私がいた1980年頃の人口は300万人弱、政府が一人っ子政策を打ち出していたのですが、今は勿論廃止。高学歴を目指し日本以上に猛烈に勉強させ子供に投資しますから沢山の子供は持てないようです。リー元首相は当時、大卒は子供をたくさん産むように、貧乏人は子供を抑制せよと発表し、滞在していた日本人を驚かせたものです。本音を語るシンガポールらしい一面を見せています。現在は単純労働は中国人を主体とした外人が担当しその数約200万人。シンガポール人の間では外国人マナーの問題、治安、道路混雑等社会問題となっていますが必要な労働力であり、納税も政府収入の重要な部分になってきています。明日の日本の姿のような気がします。
 シンガポールは実質的に一党独裁、国土の約60%強は国有地ですから、政府は立案し即実行。今は、工業、観光に加え金融、コンベンションや様々なコンサルティング事業等に力を入れています。同じ中国系として素早く深く中国に食い込んでいます。かって、マレーシアのマハティール首相は「ルック・イースト」(西洋よりも東洋、日本に学べ)と言いましたが、シンガポールに行く度に、日本は「ルック・アセアン」を志向すべきだと思わされます。日本政府とシンガポール政府の世界感、統合性、施策、スピード感に大きな差異を感じます。
シンガポール、タイ、インドネシア、マレーシア等アセアン諸国は日本の将来の鍵を握っています。
学生時代に見に行くだけでなく、早稲田にいる留学生を見つけ友情を築く事をお薦めします。

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